鳥の名前の色、色の名前の鳥(後編)

増田 徹(Young探鳥会担当)

 前回は、様々な鳥の名前に採用されている色と、逆に鳥の名前を由来として名付けられた色についてご紹介してみました。今回は、鶯色と“そに鳥”の色について、調べたり考えたことをご紹介してみたいと思います。

 

 

○鶯色は誰の色?

 ウグイスとメジロが度々混同されるのは、鳥トークあるあるではないでしょうか。鶯色や鶯餅を思い浮かべて頂けると、それもやむなしといったところかもしれません。詩歌や花札に代表されるように、梅とウグイスの取り合わせは古くから愛されてきましたが、梅にとまっているウグイスは実際にはまず見られないことをバードウォッチャーの皆さんはよくご存じでしょう。その一方で、梅の木にやって来るメジロは沢山いることや、江戸時代の俳人其角の句、「鶯の身を逆に初音哉」から、昔の人もウグイスとメジロを混同していたのではないかという話を聞いたことがあります。梅の枝にぶら下がり、逆さまになって鳴いているのはメジロですよね?というところです。

 

 しかし、色のことを調べていると、どうもそう思えないような気がしています。伝統的な鶯色というのは、メジロというよりウグイスに近い渋みのある萌黄色です。色名として定着したのがいつ頃かは不明のようですが(江戸時代には褐色味を加えた鶯茶という色が流行しています)、鶯色の出所はメジロでなくウグイスだと思われます。鶯餅に関しては、豊臣秀吉を招いたお茶会にて、秀吉を喜ばせる珍しい菓子を作るよう命令があり、当時高価だった餡を餅でくるみ、きな粉をまぶしたお菓子を考案しお茶会に出したところ、秀吉が気に入り、ウグイスに似た色から鶯餅と名付けたのが始まりです。当時のきな粉の色が分かりませんし、私の地元の広島をはじめとする一部の地域では、青きな粉という緑色のきな粉も存在するのですが、所謂一般的なきな粉であれば、メジロよりウグイスに近い色なのではないでしょうか。どうも鶯色も鶯餅も当時はウグイスに似た色をしていたものが、時代の変遷と共に、メジロに寄せていっているように思えます。其角の句については、先日面白い話を聞きました。「あれはウグイスのイナバウワーだ。」なるほど、ウグイスがイナバウワーのように目一杯身を反らして鳴いている様子を「逆に」と表現したのかもしれません。其角が見た鳥がウグイスだったのかメジロだったのか真相は分かりませんが、メジロだと断定するには不十分でしょう。

 

 また、万葉集にはホトトギスがウグイスに托卵する習性を表現として用いている歌が残っており、昔の人は双眼鏡など無い時代でもよく自然を観察していました。室町時代や江戸時代は飼い鳥文化が盛んで、ウグイスやメジロも飼われていましたし、これらを考えると、昔の人はウグイスとメジロの識別くらい出来ていて、混同し始めたのは割と最近のことではないかと私は思っています。

 

コマドリじゃあるまいし、「身を逆に」はいささかオーバー?

 

 

〇そに鳥の色は何色か?

 前編の冒頭で柳田國男のある記事を読んだことと、青系の色のところで、古事記にそに鳥(カワセミ)が出て来ることを紹介しました。柳田氏のある記事というものは、そに鳥=カワセミ説に異を唱えるものだったのです。一部引用しますと、「現在のカハセミなるものが果して大昔のソニであつたか否かには疑がある。万葉集の歌には「ソニ鳥の青き衣」とある故に、是で多くの人はもう安心して居る様だが、奈良朝だから間違いをしないといふ、証拠なんどは一つも無いのである。ソニは引離して何れも赤いという意味しかもつては居ない」とあります。古事記が万葉集に、青き御衣が青き衣になっていたりと一部間違いはありますが、元々「そに」は赤を指すため、そに鳥はアカショウビンのことだったのではないかというのが柳田氏の言い分です。

 

 ここで注目したいのは、「ソニは引離して何れも赤いという意味しかもつては居ない」という部分です。ソニという赤い色があるのでしょうか?調べてみたところ、ソニではないですが纁(そひ)という色があり、ソビ(現在のカワセミの古名)の腹部の毛の色に由来するという説があるようです。纁の歴史は古く、大宝律令(701年)の衣服令に登場します。(ちなみに古事記の成立はほぼ同時期の712年とされています。)

 

 集まった情報をそのまま組み立てると、そに鳥と呼ばれる鳥は元々カワセミで、美しい色合いから「そに鳥の青」と評されて歌にも詠まれ、かつ橙色の一種をカワセミの腹部の色から纁と呼んだ、というのが素直な考え方だと思います。

 

 しかし柳田氏は別の推理を立てました。纁という名の橙色が元々存在し、アカショウビンのことを纁色の鳥すなわちそに鳥と呼んでいた。それが時代が下るにつれ、数が多くよく目に付くアカショウビンの仲間のカワセミのことをそに鳥と呼び始める。(同時に纁の由来もカワセミの腹部の色だという逆転の説が流布する。この一文は柳田氏の記載にはなく、私が追記する内容です。)アカショウビンの“ショウビン”も、カワセミの“セミ”も元を正せば“ソニ”を起源として転訛したと考えられている。これらの仮説が正しいとすると、アカショウビンはカワセミにソニを取られた上に、赤+纁と二重に赤い色を形容されることにまでなり、大変不憫である。というところが柳田氏の大体の主張です。

 

 「そに鳥の青」とあるため、古事記の成立年代頃にはそに鳥=カワセミの図式が成り立っています。アカショウビンの起源が纁で、かつそに鳥が指す鳥がアカショウビンからカワセミに移り変わるにはある程度の時間が必要でしょう。纁の出典として残っているのは701年が最古のようですが、実は纁にそれよりも更に古い歴史があったのだとすれば、柳田氏の主張も十分あり得るのではないでしょうか。

 

 正式な文献を見つけた訳ではないのですが、緑色というのはそに鳥色が転訛して生まれた、カワセミを由来とした色の名前であるという説があります。そこで、緑色の歴史を調べたところ、孝徳天皇の時代、大化3年(647)年制定の冠位には十三階の位があり、その内のひとつの位に緑を充てているようです。もし緑がそに鳥を由来としているのが正しいのであれば、少なくとも647年時点では、既にそに鳥=カワセミが成立していたことになります。これは、柳田氏の仮設を遠ざけるかたちの材料となってしまいますね。

 

 そに鳥の色は何色なのか?なにぶん昔も昔の話なので、恐らく真相は闇の中かなと思っています。もちろん、まだまだ私の知らない資料や文献があると思いますので、何か面白い情報をお持ちの方は、ぜひ教えてください。求む、情報提供! 

 

そに鳥の正体は本当にお前なのか?

 

 

参考文献:

・野鳥 第1巻 第2号(1934)

・日本の色辞典 吉岡幸雄(2000)

・和の色のものがたり 歴史を彩る390色(2014)

・日本野鳥歳時記 大橋弘一(2015)

・野鳥の名前 安部直哉(2019)

・新版日本の色(2021)